病気が改善しても生きづらさは残る

自然に頑張れなくなる

会社に復帰した後も、悲しみが溢れ出てくることが多く、駅のホームでも、会社でも、お店でも、よく泣いていました。ポケットティッシュが離せないくらい。

(気功を受けると感情がよく出てきます)

こうやって、泣いていると、たまに声をかけられます。

大丈夫ですか。

以前は、それが恥ずかしいことだったけど、この時は、人の優しさを感じることができました。世間の人は優しいんだな。

仕事も、以前より頑張れなく朝はギリギリ。コーヒーはセルフ。お掃除はやめました。自分の仕事で精一杯。それでも、よく忘れるし、ミスも多くなりました。

以前は、評価を気にしてたし、自分だけ楽をしてはいけないと思ってたし、いてもいなくても一緒だと思われたくなかったし、バカにもされたくなかった。

でも、頑張るパワーが出てこない。

こんなので本当に大丈夫なんだろうかと思っていたら、上司から、以前よりも肩の力が抜けている感じがするよ。と言われました。嬉しかったです。これでも大丈夫なんだと思えたから。

生きづらさを改善する

この頃は、ストレスや体調次第で息苦しさが出ることはありましたが、病気はほぼ改善していました。

それよりも気になったのは、生きづらさがあったこと。病気をする前と同様、人間関係で悩みます。母に対しても、強い嫌悪感や気持ち悪さを感じたりして、そんな自分を責めていました。

会社に復帰して2年後、心の勉強をしようと心屋塾マスターコースに行きました。そこで、心のしくみを学び、自分と向き合うことを学びます。気づくと、息苦しさは消えていました。

心屋のカウンセリングは、感情が出やすいカウンセリングだと思います。もともと気功で出やすくなっていた私には、相性も良く生きづらさはかなり解消していきました。

マスターでは、たくさんの仲間と出逢い、いろんな経験をしました。中でも、私は、それまで20数名が参加するような懇親会の幹事をやったことがありませんでした。でも、やってみたいと自ら手をあげたのです。そして、私と他2人で幹事をすることになりました。

家族に、このことを話すと、大丈夫なの?と心配されたほど。私は「そんなことができない人」だったのです。

懇親会は、いろんなことを決めていきます。その時、決めるって、こんなに怖いことなんだと思いました。場所を決めるだけで怖くて泣けてくる。

責められる。嫌われる。非難される。怒られる。そんな思いが溢れてきます。でも、実際は、みんな喜んでくれました。それに、仲間の幹事もいたので、すごく励まされたし楽しかったです。この体験は、その後の私の自信に繋がります。

この一年後、今度は、心屋塾マスターコースのスタッフとして参加することになりました。人前が苦手な私は、目立たないよう、表に立たないよう生きてきたので、参加する初日の前日は、緊張とプレッシャーから、パニック発作寸前までいきました。

人前で話すのが怖い。大勢に見られるのが怖い。目立つのが怖い。決めることに対しての抵抗感は薄れても、実際は、まだまだ怖いことだらけ。それでも、経験するうちにクリアになっていきました。

心屋塾マスターコースでは、実践形式で自分の枠から飛び出す経験、そして、自分と向き合う練習をさせてもらったと思っています。心屋を卒業後、私は、女性のうつ・パニック専門の気功師&カウンセラーとして起業することになりました。

自分を振り返ってみる

こうして振り返ると、うつ・パニックになってから、ひとりでは何にも出来なく、ひとりでは心が楽になれなかったということに気づきます。家族に助けられ、職場に助けられ、友人や世間に助けられ、起業できたのも、心屋の仲間がいたからできたのです。

何ひとつ、ひとりでできない自分。親の力を借りずに、誰の力も借りずに、人に迷惑かけずに生きる。これが、自立だと思っていたけど、本当は違うんだよと、うつ・パニックになって教えられた気がします。

宮島先生の言葉、
「君は、薬が嫌で違う方法で治したんだろう。これからも、そうやって生きていけばいい。」

私がそうしたいと思うなら、私がそれをやりたいと思うなら、たくさんの人の力を借りて、たくさんの人に支えてもらってひとつひとつやっていくことが、本当の自立なんだと思えるようになりました。

そして、私も、誰かの力になり、支えていく存在でありたいと思うのです。

information

私がどうやって生きづらさを改善したかは 無料メール講座 でお伝えしています

コメント

トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました