突然のパニック発作とうつ

初めての手術

若年更年期だった私の30代についてはこちらをご覧ください。

40代に入り、だるさも吐き気も少し治まってきた頃、もともとあった子宮筋腫が大きくなり手術することになりました。

初めての手術。

私は、全摘ではなく、腹腔鏡下手術で筋腫だけを取り除く方法でした。正直、怖かったです。
不安が日に日に強くなったけど、誰にもその事は話しませんでした。弱くて怖がりな自分は出したくなかったから。

手術の一週間前。
人生初のインフルエンザになり、さらに不安が増しました。

こんな体調なのに手術をして大丈夫なんだろうか。
術後は、問題ないんだろうかと。

最初のパニック発作

そんな不安いっぱいの中、無事、手術が終わりました。
術後の経過は順調でしたが、入院中、気になったのが、夜、眠りに入ろうとすると呼吸が止まるようになったのです。毎回ではないけど、気になって医師や看護師さんに相談したこともありました。

退院後、自宅で静養していると、古くからの友人がお見舞いを送ってくれました。そのお礼の電話をしている時、たまたま友人が体調を崩した話になり、その話を聞いているうちに、だんだん自分が息苦しくなってくるのがわかりました。

なんか、おかしい。

電話を切った時、強烈な動悸が起きました。あまりに強い動悸にからだが震え、自分に何が起こったのかわかりませんでした。

この後から、ずっと息苦しさは続くことになります。

その後、会社に出社しましたが、徐々に不眠になっていたこともあり、からだが鉛のようにしんどくて、朝出勤すると会社の応接で横になっていたこともありました。

近所の内科に行くと、抗不安薬を出されました。ただ、この薬はクセになるから常用しないようにと言われます。自宅に帰り、あまりの苦しさに飲んでみると、楽になるのがわかりました。

とうとう我慢ができなくる

そうやって何週間か過ぎた頃、不眠がどんどんひどくなり、だるさも、息苦しさも日に日に増していきます。

そんな時、ふと自分の顔を鏡でみたんです。
驚きました。こんなに苦しいのに、私は笑っているのです。

自分の気持ちと、自分の表情が全く違うことに気づいた時、涙があふれてきました。私は、こんなに苦しいのになぜ、笑っているんだろう。そして、そのまま実家に電話します。

「手術してから、ずっと具合が悪くて眠れなくてしんどいんだ。本当は実家に帰りたい。」

家族は、すぐ帰っておいでと言ってくれて、荷物を適当に詰めて実家に帰りました。
その頃の私は、ひとりになることがものすごく怖く、それを帰って家族に話すと、ずっと誰かが私の傍にいてくれました。これにはすごく嬉しかったです。

この頃は、うつとはわかっていたけど、パニックと言う言葉も知らないくらい、私自身そんな認識はありませんでした。

私は、精神的な病だけにはなりたくありませんでした。自分が弱いと思われるような気がして、世間の恥だと思われる気がして、バカにされるような気がして、自分が負けたように感じて、そんな自分をものすごく嫌っていました。

でも、自分がそうなってしまった現実。

それを受け入れたのが、自分の顔を鏡で見た時だったと思います。
実家に帰った後、会社の上司に電話をして、こんなことになって申し訳ないと泣きながら謝りました。

そして、私は、休職に入ったのです。

初めての心療内科と引っ越し

実家で静養をすることになり、初めて近所の心療内科に行きました。その時出された薬は、抗不安薬、抗うつ剤、抗うつ剤に伴う吐き気止め、睡眠導入剤など、何種類も薬が出ました。私は、その薬の山を見た時、激しいショックを受けました。

こんなに飲まないといけないの?

この頃は、小さなことにでも、怖がったり、不安になっていた時なので薬の量を見て動揺しまくっていました。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

家に帰り、そのことを家族と話しているうちに薬は飲まずに治したいと思いました。でも、その時点で、抗不安薬と睡眠導入剤は飲んでいたのです。その頃は、抗不安薬を飲まざるを得ないくらい、呼吸が苦しくて、不眠も、かなり酷い状態でした。

その後、病院に通いながら、実家の近くにある鍼灸院や整体に通うようになりました。そして、他の改善方法を探し始めます。

実家での静養が長引く中、家族の協力もあって、ひとりで過ごすこともできるようになり、散歩に出かけたり、買い物に行ったり、ヨガに通ったり、子育て支援のボランティアにも参加したことがありました。

この間、抗不安薬の減薬を何度も試みようとしましたが、なかなかうまくいきませんでした。

もともと住んでいた自宅のマンションも空気の入れ替えや掃除に行かないといけないのに、怖くて見に行けませんでした。ひとりで電車に乗るのも怖い。そして、あの部屋に行ったら、また苦しむんじゃないか。そんな不安もありました。

そんな中、家族から、会社を辞めて実家に戻ってはどうか。と言われます。

私は、会社を辞める時は、仕事をやりきった時で、こんな理由で辞めたくない。できたら復帰したい。そう言いました。

家族と相談し、別のマンションに引越すことにしました。

そう自分で決めた時、本当は引越したかったんだと気づきます。お金もかかるし、体力もいる。いろんな不安が出てきて、自分で無理だと諦めていたのです。家族に背中を押されて、できるかもしれないと思った時、もう少し広いお部屋へ引越せたらいいな。そんな思いも出ていました。

一番最初、家族についてきてもらい、自宅マンションの片づけをしました。その後は、ひとりで行けるようになったので、自分で片付けをしたり、大家さんにご挨拶に行ったりしました。

引っ越しが決まり、それまで使っていた家具は、ほとんど処分しました。ベッドも、タンスも、テーブルも、姿見も、何もかも変えたかったのです。からだが、しんどいこともあり、荷造りは全て引越業者にお願いすることにしました。

引っ越しの最中も、不安なことが出てきて、何度も泣きながら実家に電話をしていました。心が弱々の状態、体力もない状態、そんな中の引っ越し作業でした。

たまたまこの時期、上司が、休職してると大変だろうからと、賞与を出してくれたのです。そのおかげで、引越し費用に充てることができました。これは、本当にありがたかったです。

気功との出逢い、そして減薬から断薬へ

引越しの家探しをしてる時、名古屋で気になる治療院を見つけました。すぐ予約して、引越しした次の日に、その治療院に行きました。それが、気功治療院だったのです。(今は、閉院されています)

気功治療は、とにかく怪しかったです。施術中は、からだには、一切触れません。私は、ただ寝てるだけ。正直、騙されたかも・・と思いました。

私は、呼吸器系に出るパニック(動悸や息苦しさ)だったのですが、気功施術が終わった後は、呼吸が深くなるのがわかりました。それが、とても心地よかったです。

後日、うつ症状が少し楽になったように感じました。それまでは、うすい膜が張られたような感じが続いていましたが、それもなくなり、相変わらず、不眠は続いていましたが、夜中にお腹が鳴ったり、ひとりでくすくす笑ったり。ずっと止まっていた何かが動き出したように感じました。

この時、実家にも帰りましたが、家族にもよく笑うようになったと言われました。

新しいマンションでの療養生活が始まると同時に気功治療も始まり、治療院で薦められた冷えとり生活が始まりました。

その頃、薬(抗不安薬)の減薬には成功していましたが断薬までは至っていませんでした。それを気功治療院の先生に相談すると、ある気功をやってくれ、その日の夜、何も苦しまず断薬できました。

正直、驚きました。

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